ソフトウェア感とハードウェア感




研究室のメンバーが論文のベースを書いているときに「ソフトウェア感重要」と指摘されてて、それの理解促進のために対話相手になったのですが、その時のメモです。

読んでもすぐに得にはならないけど、考える上でのスキームとして持っておくと、Digital Nature界隈では理解の土台にはなる気がします。

※「ソフトウェア感重要」というのは当該研究における話で、あらゆることにおいてハードウェアを軽視するということではないので悪しからず。

概要

ソフトウェアとハードウェア

一番わかりやすいのはコンピュータに関連する話ですよね。

ソフトウェアはOSから含め、あらゆるソフトウェアのことで、ハードウェアはメモリとかCPUとか諸々の機材のこと。

(上: ハードウェア, 下: ソフトウェア)

でも、このソフトウェア・ハードウェアの対比構造は他の様々なことに対して適応することができます。
そのとき人はソフトウェアのことを「システム」という言葉に置き換えるのかもしれませんが、あくまでここでは「ソフトウェア」という言葉で話を進めます。

(で、ここから「ソフトウェア感」「ハードウェア感」の話に続くのですが、今回はあくまでも「ソフトウェア感」の方に重きを置いて話を進めていきます。)
(また感覚的な話であり、拡張性を持たせる抽象的な話なので、いわゆるソフト・ハードの厳密な定義からは外れることをご了承ください)

ソフトウェアの強みは一体なんでしょうか。

それは「種類の違うハードウェアに対しても同じものを転用できる」という点です。

わかりやすい例で言えば、Windows用 Adobe製品とMac用 Adobe製品でしょうか。
(ソフトウェア感という感覚的話のために、OSをここではハードウェア的存在として語ります)

Adobe製品(ex. Photoshop, Illustrator, etc)のコアになる部分はソフトウェアに実装されているアルゴリズム的な部分です。
Photoshopで言えば、ブラシ機能, 選択機能, 色, etc。
これらを実現しているのは実質プログラムコードです。

そして、それらの仕組みさえ確固として持っていれば、あとはWindows, Macそれぞれに適応するように最適化してあげればいいのです。

この最適化行為は確かに労力を必要とするかもしれませんが、主たる話ではありません。

そしてこれらはあらゆることに対して拡張できる話です。

例えば、僕の今の研究領域で言えばComputer Graphicsというのもまたソフトウェア的性質を持っています。

最近、VR流行ってますよね。

でも、今よく売られているようなVR自体には僕は魅力を感じません。
なぜなら、VR機器は単なるハードウェアに過ぎず、汎用的に重要なのは表示に行き着くまでのComputer Graphics領域の話やComputer Visionを含む画像処理的な話だからです。

VR機器は単なるデバイスです。
巷でのVR開発という点で言うとVR機器への最適化がメインで、純粋なコンテンツ制作と言えてしまいます。

つまり各VR機器でのExperienceを考えることは、先のWin, Macの話でいう最適化行為に該当するわけです。

しかし、Computer GraphicsやComputer Visionの研究はそうではありません。
別にViveのVR機器だろうとPSVRだろうと使えるのです。

これがソフトウェアの強さです。

ハードウェアの差分は単なるパラメータの差分にしか過ぎず、ソフトウェア側からすれば、そのパラメータをフィードバックとして受け取れば、最適化処理を加えてあらゆるものに転用できるというわけです。

Digital Natureにおいて

そしてこれらの話はもっと広く拡張できます。

人間をハードウェアとして捉えることができるのです。

巷でよく聞く「人の仕事をコンピューターが奪う」「人間にしかできない仕事をする」という話がありますが、言葉尻に見える視野はとても狭いです。

そうではなく、もっと大局的に見るのであれば、コンピューター側の視点に立って見るのであれば、ソフトウェアの視点に立って見るのであれば、人間の差分も単なるパラメータです。

ゲイもレズも、肌の色も人種も、バックグラウンドとして保有する文化の違いも単なるパラメータです。

ソフトウェア側からすれば、それをフィードバックとしてもらってしまえば、あとは最適化するだけです。

こうして人とComputationalを統合させて、それ全体の生態系を考える方がよっぽど前向きな話に僕は思えます。




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